大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和59年(う)744号 判決

被告人 柏木茂

昭一三・一二・一三生 会社員

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中六〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人浅井利一が提出した控訴趣意書及び控訴趣意補充書に、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官検事土本武司が提出した答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これを引用する。

一  原判示第一の(一)(覚せい剤譲渡)の事実について

論旨は、事実誤認の主張であつて、本件覚せい剤は、売人である石原某が直接北沢芳松に交付したものであつて、被告人が石原某から交付を受けた後北沢にこれを交付した事実はなかつたから、被告人に覚せい剤譲渡罪が成立することはないのに、これを認めた原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある、というのである。

そこで、原審記録を調査して検討すると、被告人の司法警察員に対する昭和五八年一〇月六日付、同月八日付及び同月九日付供述調書、検察官に対する同月七日付及び同月一二日付供述調書並びに原審第一回公判調書中の供述記載によれば、被告人は、当初、北沢への覚せい剤の譲渡を仲介しただけであると弁解し、また被告人が覚せい剤を入手した相手方についても明言を避ける態度を見せていたが、次第に、この態度を変え、昭和五七年一〇月二一日昼ころ、北沢から電話で覚せい剤の入手方依頼を受けてこれを承諾し、兄弟分の若い衆である石原某に「モノを一〇万円頼む」と電話したうえ、受け取る時刻などを打ち合わせて、喫茶店ジヨルダン内で北沢とともに石原を待ち、同所で北沢から一〇万円を受け取つた後、同日午後一一時ころ同店付近路上で石原から現金一〇万円を引き換えにちり紙に包まれた本件覚せい剤を受け取り、その直後にこれを北沢のジヤンバーのポケツトに入れて渡し、被告人宅に戻つた後、北沢に対し毒味をすると言つてこの覚せい剤を出させ、北沢及び竹内幸一ともどもその一部を用いて注射したという事実を供述するようになつたものであり、右供述は、被告人が北沢から依頼を受けてからの一連の経緯についての極めて具体的かつ明確な内容を含んでいること自体からみて、すでに信用性が高いと考えられる。のみならず、右供述は、北沢の検察官に対する昭和五八年一〇月三日付、同月七日付及び同年一一月二一日付供述調書中の供述ともよく符合しており、真実に合致していると認められる。これに対して、所論に沿う被告人の原審公判廷における供述は、従前の供述を変えたことについての合理的な説明を伴つておらず、とうてい措信することができない。また、被告人が石原から覚せい剤を受け取つた後間もなくこれを北沢のジヤンバー内に入れたため、被告人が右覚せい剤を所持していたのは極めて短時間であつたと認められるけれども、その事実は、被告人が一旦これを自己の実力支配に収め、その後にこれを北沢に移したこと、すなわち被告人から北沢に譲渡がなされたことを認めるうえでの障害となるものではない。そうすると、原判決には所論のような事実の誤認は認められず、論旨は理由がない。

二  原判示第一の(二)(覚せい剤使用)の事実について

論旨は、事実誤認の主張であつて、被告人には嚥下したカプセルの内容物が覚せい剤であるという認識がなかつたのに、これがあつたとして覚せい剤使用罪の成立を認めた原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というのである。

そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討すると、被告人は、(証拠略)において、徹夜麻雀をした際、その年の春ころにも覚せい剤入りカプセルをくれた男が卓上に同じようなカプセルを出したので、覚せい剤入りのカプセルであることを察知しながらこれを服用した旨供述し、さらに原審第一回公判期日においても、この公訴事実を認める旨を陳述している。もつとも、その後、被告人は、原審及び当審の公判廷において供述を変え、真実は疲労回復剤と思つて右のカプセルを飲んだものであつて、捜査段階で罪を認めたのは早期の保釈を得る必要があつたからであると弁解するに至つているが、被告人の勾留の基礎となつたのは、覚せい剤使用の事実ではなく、覚せい剤譲渡の事実であつたのであり、しかも、被告人が使用の事実を認める旨を陳述した原審第一回公判期日には、すでに被告人は保釈されていたのであるから、保釈を得るため敢えて虚偽の自白をしたという弁解は措信し難い。そうすると、原判決が、前記自白を信用し、被告人が覚せい剤の入つていることを知りながらカプセルを嚥下したとの事実を認めたのは相当であつて、原判決には所論のような事実の誤認はない。論旨は理由がない。

三  原判示第二(火薬類取締法違反)の事実について

論旨は、法令適用の誤りの主張であつて、要するに、火薬類取締法は、行政庁から許可を受けて製造、販売等を行うことができるような技術上の基準を備えた火薬類を規制の対象としているのであり、実包についてのこの技術上の基準は、確実な発火機能である雷管を備えていて、弾体内の発射薬を発火させて弾(弾丸又は散弾)を確実かつ安全に発射させることができるものであること及び発射された弾の威力が玩具の弾の威力と区別し得る程度に強力であることに求められるべきである。そして、本件の二発は、雷管相当部分が不備であつて確実かつ安全な発火機能を有しておらず、その威力も玩具の弾と差のない程度のものであつたから、とうてい同法にいう実包にはあたらないのに、原判決は、弾を発射させる機能を有してさえいれば、その確実性、安全性及び発射される弾の威力を問うことなく、すべて実包にあたるという解釈を採り、本件の二発をいずれも実包にあたるとしてその所持を処罰したものであつて、明らかに判決に影響を及ぼす法令適用の誤りを犯したものというべきである、というのである。

そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討すると、火薬類取締法は、火薬類が、産業上又は社会生活上必要欠くべからざる物である反面、その製造から消費、廃棄に至るまでのすべての存在の時点において生命、身体、財産等に対し危険を及ぼすおそれを包蔵する特殊な物であるところから、これを規制の対象物として、その製造、販売、貯蔵、運搬、消費、所持、廃棄等の行為について、許容される場合を限定するとともに、それ以外の場合を厳重に規制し、もつてこれらの行為から生ずる災害を防止し、かつ、公共の安全を確保することを目的として定められたものである(一条、二条参照)。すなわち、同法は、火薬類の製造、販売については、これらを業とする者を行政庁の許可にかからせ(三条ないし五条)、貯蔵については、一定の安全基準を順守させ(一一条)、運搬については、届出義務を課し(一九条)、所持、輸入、消費、廃棄については、いずれも許可にかからせる(二一条、二四条、二五条、二七条)など、適法にこれらの行為を行いうる場合とその基準を定めるとともに、右の場合以外の行為については広くこれを禁止し、その違反に対し刑罰をもつて臨んでいるのである(五八条、五九条)。そうすると、同法のもとでは、一面において、適法に製造、販売等を行うことができる火薬類についても無許可又は無資格でこれを製造、販売、所持等を行うことが禁止されており、他面において、その他の火薬類については当然製造、販売、所持等を行うことが広く禁止されていることになるのであつて、これを同法が取締りの対象としている火薬類の意義という観点からいうと、行政庁から許可を受けて製造、販売等を行うことができるような技術上の基準を備えたものに限らず、それ以下の技術水準のものであつても、所定の火薬類に該当すると認められるものである以上、規制の対象とされていることになるのである。また、火薬類の定義規定(二条)及び規制行為を定めた諸規定に照らしても、火薬類の範囲を前者のみに限定して解すべき根拠はこれを見出すことができない。

上記の見地に立つと、同法二条一項三号ロにいう実包は、薬莢に銃用雷管、発射薬及び弾(弾丸又は散弾)を装填して弾を発射させる機能を備えているものであることを要し、かつ、これをもつて足りると解すべきであつて、所論のように、さらに限定的に解し、製造、販売等が許されるような技術水準にあることを要すると解すべきではない。そして、本件の二発は、被告人が作つた八発中の二発であつて、いわゆるモデルガンの真ちゆう性薬莢を分解し、その弾体内に、散弾実包から取り出した火薬、マツチの発火薬及びモデルガン用キヤツプ式火薬を混ぜ合わせて充填し、弾体の頭部に鉛製の空気銃弾を装着し、弾体の底部に木ネジを挿入して固定し、その上に発火させるためのモデルガン用キヤツプ式火薬を装着したものであり、雷管、発射薬及び弾丸が薬莢に結合されて実包の構造を十分に具備している。また、本件二発のうちの一発は、万力で固定したうえその底部(雷管相当部分)を先端の鋭利な金属棒で軽打したところ、頭部の弾丸が撃発発射し、約一五センチメートル離れた厚さ三ミリメートルの杉板一板を貫通したのであるから、弾丸を発射させる機能をも十分に有していたことが明らかである。もつとも、他の一発は、同様の方法で実験した際に発射しなかつたが、この一発も、発射したものとまつたく同様の方法で被告人が作つたものであつて、同一の構造を有していると推認されるのであり、実験の際に不発に終つたのは、雷管相当部分に装着されている火薬に起爆した痕跡が認められないことに徴すると、金属棒でこれを軽打するという実験の方法が不十分であつたか、火薬が湿つていたなどの偶然の事情によつて雷管相当部分が起爆せず、そのため発射薬も起爆せず、弾丸が発射しなかつたにとどまると推認されるから、他の一発ともども、火薬類取締法の規則対象物である実包にあたるということができる。このことは、また、被告人が同時に作つた他の一発を改造けん銃を用いて試射した際それが発射している事実からも十分うかがうことができる(なお、二発目を試射した際、大音響とともに改造けん銃の銃身と弾倉がバラバラになつて吹き飛んでいるが、これは、右改造けん銃がプラスチツク製の玩具用模造けん銃の銃身内と弾倉に真ちゆうパイプを挿入して接着しただけのものであつたため、二回の連続する試射に耐えられず、雷管相当部分の火薬や弾体内の発射薬の爆発に伴い他の四発が殉爆して起つた結果と認められる)。

以上のとおり、本件二発を実包と認定し、これを所持した被告人を火薬類取締法二一条、五九条二号により処罰した原判決には法令適用の誤りがないことに帰すから、論旨は排斥を免れない。

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条により当審における未決勾留日数中六〇日を原判決の刑に算入することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 香城敏麿 安藤正博 長島孝太郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例